2017.02.15
第7回 担当 下田喜久美

道を言わず後をおもわず名を問わずここに恋い恋う君とわれを見る
—与謝野晶子
恋やわが道を考え、二人の男女はどうなるのか。二人にとってその身分や名声が問題なのではなく、ただひたすら恋い恋う愛があり、愛に生きるだけ。それを与謝野晶子は謳った。
恋愛至上を歌う晶子は明治の女性の圧迫された環境から脱し、その感性を解放するために、歌った。大胆な恋愛の表出、官能的な感情の発露、肉体の賛美、神と美を競うというルシファーの強い個性で短歌界に革命をもくろむ与謝野鉄幹の目指すものを実現した歌姫。
晶子は、(1873年2月26日-1942年5月29日)64歳没。
堺市甲斐町に和菓子の駿河屋の三女として生まれる。「情熱の歌人」と言われた晶子は、近代史上屈指の女性であり又与謝野寛の妻でもある。童話や評論も書き、源氏物語を一般庶民に開放し、文化学園では教科書まで作った。多くの人材を輩出しその貢献は膨大である。弟を歌った「君死にたまうことなかれ」の詩は有名である。

どうかきれいな頬をして あたらしく天に生まれてくれ。
—宮沢賢治
1992年、賢治の妹トシが結核で急死し、「としこ、としこ」と号泣した。「無声慟哭」「決別の朝」等は、トシのことを書いたもの。
賢治は(1920年大正9年)5月、農林学校研究生を卒業。助教授に推薦されたが、父子ともに実業に進む考えであったため辞退する。この頃、田中智学著『本化妙宗式目講義録』全5巻を読破、国柱会に入信。法華信仰を強め、寒修行として花巻町内を太鼓を叩き題目を唱えながら歩く。
仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、作品中に登場する架空の理想郷に、岩手をモチーフとしてイーハトーブ(Ihatov、イーハトヴあるいはイーハトーヴォ (Ihatovo) 等とも)と名付けたことで知られる。
日本の詩人、童話作家、仏教(法華経)への信仰と農民生活から取材した優れた作品群がある。「銀河鉄道の夜」「よたかの星」「注文の多い料理店」「賢十公園林」「雁の童子」など魅力的な作品群を超す作家は、いないだろう。

担当者プロフィール
下田喜久美(しもだ きくみ)
日本ペンクラブ会員、国際詩人協会会員、同人誌このて主宰、教科書副読本に詩多数掲載あり、詩集は「スタートの朝」「下田喜久美詩選集」など13冊。
バイリンガル詩集4冊あり、童謡の会「黄金のあみ」事務局。
日本詩人協会優秀賞受賞(2013年)マケドニア、ルーマニヤなど国際詩祭に招聘され参加(2013-2015年)ヨーロッパ10日都市へ港湾の詩学で参加。(2012年)