2016.11.18
第1回 担当 宇田川森和
現代詩人の守備範囲を昭和初期から敷衍し、代表的詩人の作品から「新しいことば」探しをしてみる。

竹、竹、竹が生え。 —萩原朔太郎

萩原朔太郎(1886〜1942年、没57歳)
主な詩集「月に吠える」(1917年、32歳)「青猫」(1923年、38歳)「氷島」(1934年、49歳)「宿命」(1939年、54歳)
「月に吠える」には、「竹とその哀傷」と題して、竹を題材とした作品「地底の底の病気の顔」「竹」「竹」(同名で2作ある)
この「竹」のイメージは、地底からはい出て、「たくましく」という普通のイメージではなく、「地底の底のくらやみに、さみしい病人の顔」が現れるのだという。
まったく竹のイメージが違う。「竹」を激しい勢いで、フレーズを繰り返し、「するどい竹」「まっしぐらの竹」とリレインしている。

ふるさとは遠きにありて思ふもの —室生犀星

室生犀星(1889〜1962年、没74歳)
主な詩集「叙情小曲集」「青き魚を釣る人」「鳥雀集」「愛の詩集」「第二の愛の詩集」「寂しき都会」「星より来れる者」「田舎の花」「忘春詩集」「高麗の花」「鶴」「鉛筆詩集」「鉄集」「哈爾浜詩集」「いにしへ」「美以久佐」「日本美輪」「旅びと」「逢ひぬれば」「女ごのための最後の詩集」「昨日いらつして下さい」「晩年」「遠野集」
「抒情小曲集」で有名になった犀星節が、ここに結集している。発表は1918年(大正7年、30歳)。
犀星は、30歳にして新詩集を自費で刊行するが、作家・詩人としては知られるまでではなく、帰郷と上京を繰り返していた。
ここには故郷金沢への強い思いが描かれ、それがこのフレーズになったものである。
続けて同年1月刊行の「愛の詩集」は550部、9月刊行「抒情小曲集」600部、ともに自費出版で完売したのだった。
その後、1913年に北原白秋に認められ、作品を寄稿する機会を得る。萩原朔太郎との親交は1916年朔太郎と共に同人誌「感情」を刊行。
中央公論に「幼年時代」「性に目覚める頃」を発表し、ようやく注目されるようになった。

担当者プロフィール
宇田川森和(うたがわもりかず)
1948年、山形県酒田市出身。関西大学卒。現在リトル・ガリヴァー社編集人。
20代より、小説・詩集を刊行し、本格的に刊行したのが、エッセイ「夢で会いましょう」(1991年、編集工房ノア)
主な著作「はいばらのそら ケルンのそら」(1987年、同)
詩集「レクエイム」ほか、数冊
電子版「炎の十字架」「ビィーナスの涙」「華の乱 小説通天閣」「天神橋六丁目界隈」ほか