第54回 都環咲耶子さん
 
都環咲耶子(とわ・さくやこ)
1960年1月生まれ
  山野美容学校卒業後、美容師になる。
そのかたわら、作家を目指し、地道に創作を続ける。
2006年ブログを開設、エッセイ、詩、小説、写真など幅広く連載中。
現在、ブログの訪問者数は44万件を突破。
2008年、リトルガリヴァ―社とのご縁により作品を掲載。
作品は「片翼のイリス」「カナル・グランデ」「蒼空の刹那〜永遠の吐息」「都環 咲耶子・詩集」など。
読者人気投票では2位を獲得。
理想とする作家は「愛人(ラ・マン)を描いたマルグリット・デュラス


都環咲耶子さんと知り合ったのはいつごろでしたか。
2008年ですから、ちょうど10年前になります。
私のブログにコメントを頂いたのが始まりでした。
「本気で小説の勉強をしてみませんか?」みたいな内容だったと思います。
軽い気持ちで小説を送ってみたところ、点数を付けられたのですが、なんと30点でした。人様から見ると自分の実力はこんなものなのだと、痛感いたしまして、それで俄然、やる気になりまして、それからは日々課題に取り組む毎日でした。


ここ数年、交流が絶えていました。そのあいだの創作活動は、どうされていましたか?
私的にちょっと大変な時期がありまして、頭に浮かぶのは創作ではなくて、現実的な悩みばかりで、それで少し遠ざかっておりました。
けれど書くことは好きだったので、ブログだけは続けていました。
辛いことは感情となって詩にはなるのですが、冷静なプロットを必要とする小説は書けませんでした。そんないきさつで不義理をしてしまったので、ここ五年程はご縁は切れたのだとすっかり諦めていたのです。
ところが、不思議なことに縁はつながっていまして、今回再び、お世話になる運びとなりました。


今回電子書籍および単行本となる「片翼のイリス」を始め、「蒼穹の刹那―永遠の吐息」「カナル・グランデに類似する憧憬」等の作品の公開がありますが、一番の自信作とか、印象に残る作品をひとつあげるとすると。
やはり一番の自信作は「片翼のイリス」です。
この作品は、当時イスラエル・パレスチナ問題が世間を騒がせていた時に、どちらかと言うと悪者に見られていたイスラエルに興味を持ちまして、イスラエル関連の書物を方端から呼んだのです。
そこで見えてきたのは、国も人間も、悪とか善とかそんな単純なものじゃないぞと、それで純粋な少年の目を通して物語を書くことにしました。
書き終わって何年も経って、なんであれほどイスラエルに肩入れしていたのだろうと、とても不思議なのです。これも一つの縁でしょうか。
お陰様で、この作品は読者に好評でした。やはり書き手がそのテーマに入れ込むとその想いが伝わるようです。


都環さんは、先日、岳真也先生主宰の「歴史時代作家クラブ」に加入されました。
ここには、有名作家、ベストセラー作家等、見覚えのある先生がいます。
加入してみて、都環さんが期待するもの、目標にするもの、なにかありますか。
多くの実力ある作家さんのいらっしゃるこの「歴史時代作家クラブ」末席に名を連ねさせて頂く光栄に恵まれまして、身の引き締まる思いがしております。
先輩の先生方の名を汚さぬように、覚悟を持って創作活動を続けて行こうと、あらためて心に誓いました。まずは皆さまに読んでいただける良い作品を書くことです。


偶然ですが「サンクトウム・コルプス 聖なる死者」の著者松本のぼるさんとご近所であることが判明しましたね。ご挨拶されたそうですが、作品も読まれた。
よければ都環さんの感想を聞かせてください。
まったく偶然なのですが、驚くほどのご近所で何か見えない力の存在を感じます。松本のぼる先生は、お会いした印象は、大変穏やかな方で謙虚でありながら包み込むような方でした。
作品はそのお人柄を表しており、安心して楽しく読み進んでいけるのです。
これはやはり確かな文章力や構成力などが背景にあるからこそだと感じます。
私は女性ですので、書くという行為に少なからず自分の感情が入り込みます。
男性作家さんは、常に一歩引いて冷静に書かれているのが特徴かと思います。


わたしこと、宇田川と再会することによって、また「小説の門」を叩く機会が生まれました。
「入り口には立ったが、そこから先に突き進むには相当の覚悟がいる」と、先日の当社創業祭においでになった上田秀人先生がおっしゃられていましたが、都環さんの覚悟と、目標を聞かせてください。
「覚悟」という言葉は、宇田川森和先生もよく口になさいます。
先生ご自身が覚悟の中で生きてこられたので、やはり重みが違います。
どんな仕事につこうと覚悟無くしては大成出来ません。
オリンピックでも金メダルや銀メダルを取る選手の覚悟は、相当なものだと聞いています。
先ほども言いましたが、皆さまに認めて頂くことが大事です。賞を取ることも、名前を広く知ってもらう一歩だと考えます。


読者に何か伝えたいことはありますか?
インタビューを通じて、皆さまにお伝えしたいことがあります。
「夢はあきらめないで」ということです。
大変陳腐な言葉に聞こえますが、私は六歳くらいの時、まるで啓示のように「小説家」になりたいと思いました。笑えるのですが、自分の守護霊様も元小説家だと根拠もなく信じておりました。そしてほぼ半世紀が過ぎ、こうして書いています。信じることが現実をつなぎます。もちろん縁もつなぐのです。