01回 玉木文憲さん

02回 トーマス青木さん

03回 支刈誠也さん

05回 喜多圭介さん

06回 福堀武彦さん

07回 田野倉悟さん

09回 あまのしげさん

11回 柴崎昭雄さん

12回 大山真善美さん

13回 外岡立人さん

14回 木村司さん

15回 浜野伸二郎さん

16回 泉忠司さん

17回 阿波野ひみ子さん

18回 松浦徹郎さん

20回 玉木文憲さん

22回 濱口隆義さん

23回 佐藤ミツアキさん

24回 篠永哲一さん

25回 佐藤正子さん

26回 尹 達 世さん

27回 石黒敏明さん

28回 緋野 晴子さん

29回 菅原勇太さん

30回 山田博泰さん

31回 万彩タモンさん

32回 津田美智子さん

33回 物河 昭さん

34回 武田久生さん

35回 菅原やすのりさん

36回 朝あさおさん

37回 菅野正人さん

38回 支刈誠也さん

39回 丸子睦美さん

40回 山上安見子さん

41回 久保田隼斗さん

42回 坂東重明さん

43回 いづみかほるさん

44回 下田喜久美さん

45回 山蔭ヒラクさん

46回 ジョージ土井さん

47回 丸子睦美さん

48回 高橋てつじろうさん

49回 松本のぼるさん

50回 宇田川森和さん

51回 酒匂つよしさん

53回 加藤克信さん

54回 都環咲耶子さん

55回 横山ひろしさん

56回 三島慶子さん

57回 久保田隼斗さん
NEW(2019/01/05)

58回 平藤清刀さん
NEW(2019/01/05)

 
宇田川森和(うたがわもりかず)
1948年、山形県酒田市生まれ。関西大学法学部卒業。
社会科教師の資格取得。
昭和40年、酒田から大阪に移住。多くの文学仲間に恵まれた。
40歳で起業、出版社をスタートさせた。
日本文芸家協会会員(2017)・歴史時代作家クラブ会員(2017)
主な著書「夢であいましょう」「はいばらの空 ケルンの空」「北の大地に生きる」(片山通夫氏と共著) 電子書籍「ビィーナスの涙」「炎の十字架」「華の乱 小説通天閣」「天神橋筋6丁目界隈」ほか。
「翰林の会」事務局




最初に自己紹介をお願いします。
よくよく考えてみたら、この世界にどっぶりつかって、半世紀。
途中、やめようと思わなかったのが不思議です。


文学とのかかわりの最初のきっかけは。
はっきりしないのですが、たぶん、郷里酒田で、叔父貴と同居していたとき、「創作」とか、「読書」とか「絵を描く」とかの、環境に浸っていたと思います。
小学生の低学年でしたね。


きっかけはそれとして、本腰をいれて始めた創作は。
大阪に落ち着いて、大学での「文芸部」所属と、友人たちとの同人誌結成でしょうか。
最初は、小説ではなく、現代詩のほうに、大切な友人・先輩がいました。
同人としての仲間は、先輩になるが、日岡悦子さん、清水正一さん、そのあと、すぐに釜ケ崎を根城としていた東淵修さんとの出会い。すぐに、「銀河詩手帖」の同人にしてもらいました。
もうひとりのの奇縁は、ビート詩人として名を知られた支路遺耕治さんでした。


やがてサラリーマン生活から脱サラするのが、40歳の頃。
ええ、そのころ、文学への傾倒も高まるし、周りでは、宮本輝さんの芥川賞受賞の話題で、大いに刺激されていたが、具体的行動が見えなかった。


宮本さんのように、文芸雑誌に応募していたのでしょう。
「文学界」「群像」「海」「新潮」等、あらゆるものに応募していた。
で、二次予選ぐらいまでは行くが、その先が遠い。
安定的な実力はあっても、それを越える爆発的パワーがないと、宮本さんのようにはなれない。


そこで諦めてしまったのでしょうか。
普通はそうでしょうね。しかし、わたしはあきらめの悪い男であった。


サラリーマン生活をやめて、会社を興す。一種の賭けでしたか。
そのとき、家族が反対しなかったことと、可能性は、1%でもあれば、ネバーギブアップだと思い、数年後、本格的な出版社をスタートさせた。


出版社の編集長として、さまざまの流通図書を手がけた。はっきりいって、ベストセラーを出せましたか。
最初は、そう思っていました。しかし、それがかぎりなく奇跡に近いことだと思ったのは、五年ぐらいしてから。
そして、「本が売れない時代」に突入し、どんどん、同業者たちがやめていくのを横目にしがみついていた。


そうして、30年。
流通図書の数は増え、一部の書籍は図書選定とか、文学賞をいただくことができた。
が、ここ数年で、あることに気づいた。これまでは、他人様の原稿を読み、本にするためのクオリティーを求めて苦戦してきた。すべて他人のため。
このままでよいかと思ったとたん、そろそろ「自分のために時間を使おう」と思い出した。少し遅すぎるかもしれませんが、出版社を経営するというのは、並の努力ではだめで、いつも命がけ。だから、自分のための時間なんて、考えもしなかった。 でも、年齢とともに、自分のためという強い願望が生まれ、二足のわらじのつもりで、再スタートを切ったしだいです。