01回 玉木文憲さん

02回 トーマス青木さん

03回 支刈誠也さん

05回 喜多圭介さん

06回 福堀武彦さん

07回 田野倉悟さん

09回 あまのしげさん

11回 柴崎昭雄さん

12回 大山真善美さん

13回 外岡立人さん

14回 木村司さん

15回 浜野伸二郎さん

16回 泉忠司さん

17回 阿波野ひみ子さん

18回 松浦徹郎さん

20回 玉木文憲さん

22回 濱口隆義さん

23回 佐藤ミツアキさん

24回 篠永哲一さん

25回 佐藤正子さん

26回 尹 達 世さん

27回 石黒敏明さん

28回 緋野 晴子さん

29回 菅原勇太さん

30回 山田博泰さん

31回 万彩タモンさん

32回 津田美智子さん

33回 物河 昭さん

34回 武田久生さん

35回 菅原やすのりさん

36回 朝あさおさん

37回 菅野正人さん

38回 支刈誠也さん

39回 丸子睦美さん

40回 山上安見子さん

41回 久保田隼斗さん

42回 坂東重明さん

43回 いづみかほるさん

44回 下田喜久美さん

45回 山蔭ヒラクさん

46回 ジョージ土井さん

47回 丸子睦美さん

48回 高橋てつじろうさん

49回 松本のぼるさん

50回 宇田川森和さん

51回 酒匂つよしさん

53回 加藤克信さん

54回 都環咲耶子さん

55回 横山ひろしさん

56回 三島慶子さん

57回 久保田隼斗さん

58回 平藤清刀さん

59回 長倉輝明さん
NEW(2019/02/20)

 
高橋てつじろう(たかはし てつじろう)
1939年3月25日、兵庫県尼崎生まれ
國學院高校卒
昭和39年からフリーライターへ 平成2年株式会社現代企画研究所・代表


長年の盟友宮本輝さんとのおつきあいは半世紀以上になりますか。
いや、わたしが輝さんを知るきっかけになったのは昔の話ですが、輝さんデビュー前のこと。
大阪に「わが仲間」という同人誌があって、師匠は池上義一さんだった。定期的に同人が作品を発表し、わたしもたしか1作掲載してもらった。
しかし、かたや輝さんは、いきなり「文学界」にデビュー作を掲載され、そのあと、「太宰賞」「芥川賞」を受賞、いまや泣く子も黙る芥川賞選考委員ですから。


でも、初期のころは、高橋さんをライバル視していたのでしょう。
輝さんの真意はわからないが、同人誌の会合のあとに、たまたま駅で会うと、「お互いがんばろう」なんて、声をかけられた。そのころは、おれのほうが年上だろうが、と不遜なことを思っていた。まだ、文学的「差」は感じていなかったと思う。
あるとき、これは酔っ払いのたわごとと聞いてほしいが、宮本さん宅に電話した。
すると、「いま、何時やと思っているんや」と烈火の怒りよう。
時計は見たら、三時回っていた。そりゃ、怒るわな。


輝さんの師匠である池上義一さんは、輝さんを文学界に送り出したあと、「次はおまえだ」と、高橋さんを指名したそうですが。
そうなんですが。高ぶる気持ちにさせた時期もあった。しかし、それほど甘い世界ではない。
輝さんとの「差」は広がる一方だった。


高橋さんの中では、輝作品は、敬愛しうる作品群だったわけですね。
じつはそうではない。というより、輝さんには、「十八番」があって、それらは、はまれば、読者を引きつけ、感動を呼び込む。日記体で書かれていた「錦繍」は傑作だと思っています。
ただ、その十八番も二番、三番とつづくと、少し鼻につきますね。
輝さんの作品は、安全ドライバーの作品なのです。


それはどういう意味でしょう
かれは、無理をしない、堅実にまとめ上げることに執念を燃やすタイプだったのです。


高橋さんとは、違うと。
おれは、ただの飲み助。
しかも、しっちゃかめっちゃで、小説もその日の気分とひらめきで書く。取材し、準備して書くのがきらいやった。


謙遜を。若いときから書かれていたと聞きますが。
「我が仲間」の時代は、35、6歳の頃。まだ、金沢にいたころです。
最初は大阪。19歳で小説らしいものを書き、満足できず、その場でその作品は廃棄。以後、10年書かなかった。


もったいない。
ぼくはたぶん、小説をなめていたと思います。
10年後、金沢での仕事(主にライターの仕事)が認められ、そのとき、「おれにも書けるかも」と思い直し、そのころの北陸新聞社の文学賞に応募した。そうしたら、最終選考6作に残った。
すんなり受賞といかないのが、わが人生。挫折の連続でした。


文学的影響としては、「我が仲間」の時代ではなく、別の所。
ぼくは、かっこよくいえば、「孤高の人」なので、文学仲間のつきあいはなかった。
ある意味、輝さんとも共通している。デビュー後の輝さんも、文学的つきあいで、親しくしている作家の名前はでてこなかった。でも、受賞パーティでは、中上健次と、日本の文壇引っ張るぞ、と気勢をあげた。



生涯で、影響の受けた作家を三人あげるとすると?
輝さんがそこに入っていないのだから。
高橋 開高健、太宰治、大江健三郎。


えっ、先のおふたりは、なんとなくわかりますが、大江先生ですか。
ただのちゃめっけですよ。開高さんは、あの無頼な、そして飲み助なところが好きでした。無頼つながりで、太宰にも共感できましたね。


途中をはしょりますが、高橋さんの提言で、「翰林の会」が立ち上がった。
これは。
おれも歳をとったし、このさき、できることはかぎられている。
で、なにができるかと考えたとき、二つのことが頭に浮かんだ。
たいした経験もないが、おれのもてるものを若い人に伝授していきたい。できることなら、スターの作家になってほしい。そのためならば、いかなる支援もしたい。
2番目が、限られた時間ではあるが、おれにもいくつか自慢の作がある。数えてみたら、3作はある。これを完成させて、高橋てつじろうの代表作としたい。


わかりました。出版社の親父である富樫はこれからも、高橋さんを支援、応援します。 (2017年3月10日収録)