山蔭ヒラク(やまかげひらく)
1948年、大阪市西区阿波座に生まれる。
関西学院大学フランス文学科卒業後、広告代理店に勤務し、30歳でフリーのコピーライターとなる。
現在、広告制作・情報誌編集などを行う(株)想&創代表。
大阪市地域公共人材の一員として、 プロボノワーカーとして、地域課題やNPOに対する支援にも取り組んでいる。中学の頃から世界文学に親しみ、特にドストエフスキー、モーム、コクトーらの作品を愛読した。

今回の「シモジイ」のあとがきには、大阪文学学校の小説ゼミに参加したことが、小説を書こうというきっかけになったとあります。
また、具体的に動き出すのは、仕事仲間の奥野章氏との二十数年ぶりの再会したことだったとのことですが。
長年コピーライター稼業をやってきまして、人さまの作った商品やサービスについての文章は無数と言っていいくらい書いてきました。しかし、僕自身を語る文章については、日記を書き始めても三日坊主だし、まして小説など還暦を超える歳になるまでついぞ書いたことがありませんでした。
文学学校を一年間修了した時、年賀状だけのやりとりだったグラフィック・デザイナーの奥野章さんとほぼ30年ぶりに再会しました。もとは二人とも新大阪で仕事をしていたのです。奥野さんは本の装丁を長年手がけていて、彼自身俳人でもあり、句集も出しています。その席で、自分も小説を書き始めたことを話し、後日文学学校で書いた中編を彼に送ったのですが、その原稿を作者に断りもなく(笑)付き合いのある出版社に送ってくれたのです。


「シモジイ」について書くと、まず、山蔭さん世代が、一様にリタイア世代にあたり、人生の中での「ゆっくり時間」帯に入るものが、逆に、非常に困難な時間に突入してしまった。セカンドライフだけでは律しきれない、突然変異とも思えるのですが。
1948年生まれですから、僕は正真正銘の団塊世代です。会社勤めをしてきた友人たちは一様にリタイアし、相応の年金や貯えに支えられ、読書三昧、山登り、短歌づくりなど、それぞれ悠々自適を楽しんでいますね。ところが短い会社勤めの後、フリーランサーと言えば聞こえは良いですが、その実フリーターのように気楽にライター稼業をしてきた僕にとっては、年金は六万円程度。しかも貯金はゼロ。気がつけば、最近マスコミでも問題視されだした「下流老人」なわけです。


もう一つのキーは2007年に47歳で亡くなった哲学者池田晶子さんの影響力。
彼女の著作に「14歳からの哲学」とあり、その終着駅のような「41歳からの哲学」とまとめられている。その不思議な相似形は、どうなっているのだという興味はありますが。
インターネットが普及し、スマホを使いこなす人が増え、その気になれば欲しい情報が簡単に手に入る時代になりました。しかし、「知る」ことが容易になった反面、「考える」という人間の精神性を高めるための営みが非常に貧困化し、そのことに警鐘を鳴らすというのが池田晶子さんの哲学エッセイの眼目だったと思います。学生時代は女性ファッション誌の読者モデルもされていた美人で、現代風な人なんですが、最後まで携帯電話を持たず、ボールペンでの手書きを通したのも池田さんらしいですね。「シモジイ」の重要な登場人物の一人である伽耶には、池田晶子さんの印象を少し反映させています。


「シモジイ」はこれまた、山蔭世代の別の切り口というか、「貧困老年」を背負いながら、若い世代、とくに、ベトナムの青年男女を登場人物として選んだ。これにはどんなねらいがあったのでしょうか。
実は、社員は自分だけとはいえ、一応社長なんですが、本業と年金だけでは飯が食えないんです。それで仕方なく早朝の清掃パートをここ3年ばかり続けています。パートの世界の人間模様がけっこう面白いんですよ。そんな中に、ある時期、日本語を学ぶためにベトナムからやってきた若者たちがいました。彼ら、彼女たちは一様にとても人懐っこくて、純朴なんです。彼らがやって来たベトナムという国に興味を持ちました。彼らから話を聞いたり、本やネット、映画などで情報を意識的に集めたんですが、かの国にはこの日本が失った向こう三軒両隣的な「人と人との距離の近さ」というか、自然なコミュニティが今でも息づいているように感じました。最近上演された大森一樹監督、松阪慶子主演の「ベトナムの風に吹かれて」という映画に出てくるハノイの下町は、まさにそんな温もりある世界を描いています。


小説を書く世代としては、遅い世代であるので、相当のパワーとダッシュしないと追いつけないかもしれないハンディを背負っています。
その意味で、山蔭さんがこれから目指すもの、いや、これから獲得できる、手の届くものはなにかと考えていますか。
高齢者の仲間入りをし、これから後期高齢期に向かっていくわけですが、そのことはさほど意識していませんね。人生80年、90年は珍しくなくなりましたしね。それよりも今日明日、今月来月をいかに食いつなぐかが目の前の問題です。小説はこれからも書き続けますが、特に何々賞を目指すとか、そんな目標は持っていません。ただ、「シモジイ」はシリーズとして三作目までは書きたいです。確かに20歳、30歳の作家から見ればメチャメチャ遅いスタートですが、これが僕のベースなんだと開き直っています。


同じ世代に読んでもらいたい「シモジイ」。本音はどこに。
まだまだ長い人生をどう楽しく生きるかを考え中の、自分と同じ団塊世代のご同輩に読んでもらいたいですね。それと、そんな団塊の世代を「目障りだ」と感じているかもしれない若い人たちにも。
でも、実は一番読んで欲しいのは、娘です。彼女が三歳の時に離婚し、父親らしいことを何一つしてやれなかったという悔いを、僕はずっと持ち続けてきたし、これからも持ち続けるでしょう。普通なら家族旅行の写真とか、運動会のビデオとか「家族の思い出」を残してやるのが父親だと思いますが、それを残してやれませんでした。だから、小説を書きました。それは読んでいただければ分かっていただけるのでは、と思います。