坂東重明(ばんどうしげあき)
昭和1 5年5月、大阪市西淀川区野里町生まれ。
エスエヌデー株式会社(電設資材総合卸業)代表取締役社長
随筆「遍路宿」同人
坂出ライオンズクラブ会員
香川県綾歌郡綾南町立陶保育所父母の会会長
香川県綾歌郡綾南町立陶小学校PTA会長
家内のガーデニングでNHK・BS2に2回出演
香川県綾歌郡綾川町在住

坂東さんのご職業を簡単に説明してください。
エスエヌデー株式会社という会社の、代表取締役です。仕事は電設資材総合卸業。電気工事業者が必要な材料を供給する仕事です。電気に必要なものはほとんどすべて扱います。他にはシステムキッチンをはじめ住宅設備機器、太陽光発電設備等です。メーカーは主にパナソニックから三菱電機、ダイキン工業、その他ほとんどのメーカー品を取り扱っています。


エッセイ集「わが遍路みち」を出されたのが、2007年。このとき、この著書の紹介をこう書かれています。

「四国香川で電設資材の会社社長坂東氏は「遍路宿」という随筆誌に、毎回、随筆を連載していた。ふと思うと、それは自ら歩んだ人生の軌跡を辿っているのだと気付く。大阪で生まれ、貧しい家庭の中で育ち、将来に夢を託した少年は、学生の頃「いじめ教師」のムチにあい、それでもめげずにがんばった。やがて故郷香川に戻り、電設会社を引き継ぐ運命になる。わが道はわが力で切り開く人生を歩んだのだと思った。同時に人との出会いも痛感した。」

当時の心境を聞かせてください。
富樫(リトル・ガリヴァー社)様が、上手に紹介して頂きましたが、それほどの感慨はありませんでした。唯、最近の世相を見ると、私が書籍の帯に書きました「親が子供を殺したら死刑、子供が親を殺したのは無罪」これを強調したかったのですが、あまり反応がなかったので、意外でした。子供が親を殺すと、恩知らず、恐ろしいと言われます。けれどそんな子供を誰が育てたのですか。殺人を犯すように育てられた子供が可哀想です。親は子育ての責任と自覚を持ってほしいものです。


単行本の表題ともなっている「わが遍路みち」は、「遍路宿」という、定期刊行物で発表した「随筆」が元になっています。
その「遍路宿」というのは、どういうつどいで、坂東さんはいつごろから、会に参加されたのですか。
「わが遍路みち」と言う表題は良くなかったですね。皆さん四国遍路の事を書かれているように錯覚されるようです。お遍路は興味ない、と何人かに言われました。
随筆の会「遍路宿」への入会は、四国新聞の随筆教室に家内が通っていた時に講師の佐々木正夫氏が主宰でそんな会があると聞かされていました。家内の同僚が入会する時に家内の代わりに入れてもらいました。もう30年余りになりますね。残念ながら全く進歩が感じられません。


「遍路宿」の世話人は、リトル・ガリヴァー社でも単行本を出されている篠永哲一さんですが、どういうお人なのですか。
随筆で香川菊池寛を受賞されたのは篠永さんだけではないでしょうか。仕立て屋さんをしながら、佐々木正夫氏亡き後を遍路宿の会長に、四国新聞の随筆の選者にとご活躍されています。一時遍路宿の編集を一緒にさせて頂きましたが、温厚な方です。私は能力の限界を感じて編集員は辞退しましたが、ライオンズクラブのゲストスピーチに文章の書き方の講義もお願いしたり、お付き合いをさせて頂いております。


「遍路宿」に書かれている中に、海外編の記事がたくさん見受けられる。日本の近隣もさるとことながら、遠くヨーロッパにも出かけられている。
印象深いお国、場所を二つ、三つご紹介ください。
昨年行った、中学生の時からの憧れ、念願であった「ローレライ」 数十年の時が経って、周りの雰囲気も随分変わったようですが、メロディとともに感慨深いものがありました。
エアーズロック(ウルル) 行けば必ず登れるものと思っていたら、少しの雨、風で登り禁止になる。三度の機会を用意して行ったが、幸運にも直ぐに登れる。鎖一本を頼りに登るが、手を放せば命がない。
ナイアガラ瀑布 さすがは大陸、滝のイメージが変わる。


最後に、坂東さんの趣味のひとつにガーデニングがあると聞いていますが、庭先にある花や植物、それらの生き生きとした物語を聞かせてください。
ガーデニングは家内の領域。唯藤棚を作ったり、芝刈り、一時松の剪定をしたりで、手伝う程度であったが、ガーデニングのブームの頃、NHKBSで盛んにその番組がありました。我が家から30分の中継(録画)番組に出たり、NHK放送センターからの3時間番組にも出させてもらいました。我が家の庭が2回NHKBSから全国放送されました。