支刈誠也(しかり せいや)
昭和19年、新潟県長岡市生まれ。
東京大学農学部農芸化学科卒業後、鐘淵化学(現カネカ)入社
主に海外での事業開発に携わり、海外13年を含む25年勤務後、オーストラリアへ移住。
在、ゴールドコースト。

前回1回目の著者インタビューは、2007年5月でした。
それから7年が経過して、著作は、この10月に4冊目の「もう一つの甲子園」が出ました。
著者としての心境の変化はありますか。
前回の出版から、時間が空きましたので、やる気が衰え加減でしたが、この本を契機に、もう少し書きたいと思っております。


支刈さんも、年齢を重ねて、間もなく大台です。
この年齢と、作家としての「あいだ」には、なにかありますか。
執筆限界説に挑戦、のようなことですが。
執筆に年齢限界があるとは思いません。加齢とともに感性が衰え、書けなくなる人もいるのでしょうが、発信したいものがあるかどうかの問題だと思います。90歳で詩集を出した人もいるのですから。


確か、戦記物3部作という計画のうち、山本五十六ものの「黄色い花の咲く丘」改題「特攻花の咲く丘」、山下将軍の財宝探しの「ヤマシタ・コード」そして、次の3部作目はどうなりますか。
戦争三部作は、日露戦争を、あれだけ合理的に戦った日本人が、大東亜戦争に向かってどう変節したかというあたりを、「広瀬武夫とアリアズナ」の恋の行方を追いながら、シベリアで繰り広げられた恋と憎しみの物語を語るという形にするつもりですが、『ヤマシタ・コード』から時間がたち、「オジン探偵団」も年を取ったので、そのあたりをどう噛み合わせるか苦労しております。


前問についでの、創作活動の計画等、「次回作」には、どんなものを披露いただけるのでしょうか。
戦争三部作の後は、野球三部作。その次は、戊辰戦争を東軍の立場でという本などが頭にあります。


今回、「ガリヴァーの森」というメルマガがついに300号を迎えました。創刊当時からの執筆陣であり、かつ「市源小次郎の岡目八目」の300回連続執筆に関しての、感想等はどうでしょうか。
議論を巻き起こすことができれば、というつもりで書いているので、読者の反応が伝わってこないのが不満と言えば不満ですが、「とにかく、よく続いた」と言うのが実感です。


リトル・ガリヴァー社は、2013年夏から、「電子版図書」を手がけるようになりました。支刈さんの作品は、「特攻花の咲く丘」一作のみですが、引き続き、電子化する図書として、具体的希望はありますか。 また、これからの電子図書の可能性はどう見られていますか。
横文字文化のアメリカでは、タブレットで本を読むというのは、抵抗なく受け入れられているようですが、縦文字文化の国では、タブレットそのものを工夫しないと、普及に限界があると思います。
しかし、出版社にとっても、読者にとっても、安価というメリットがあるわけですので、ビジネス・チャンスはあると思います。
昔、WEB連載していただいた『なぜ「大和」を「ヤマト」と読むのか(『こちら日本局、東京担当』を改題)」は、電子本向きだと思いますので、機会があれば、と願っております。