緋野 晴子(ひの はるこ)
1955年3月生まれ、愛知県新城市出身
静岡大学人文学部人文学科卒。12年間公務員生活のあと、自営業専従となる。

主な著書
小説「たった一つの抱擁」(2007、文藝書房)

緋野さんと巡り会ったのは、当社のブログが最初の接点でしたね。
はい。前回の作品「たった一つの抱擁」は私にとって初めの一歩で、出版についてはまったく無知でした。出版後、自分の本がどうなっているのか、問い合わせても詳しい情報が得られずに焦っていました。そんな時、ちょうどブログを閉鎖しようとしていたこちらの編集者さんを見つけて、追いかけるようにして呼び止めさせていただいたのが、出会いでしたね。


その後、緋野さんの最初の著書をめぐって、出版社へのいくつか質問がありましたか。
書籍の適正価格、販売システム、出版費用など、初めての出版で疑問に思ったことについて率直にお尋ねしたように記憶しています。一つ一つ驚くほど丁寧にお答えいただき、著者の思いに誠意を持って接してくださる編集者さんだと感じました。また、作品の評価に関しても、本質的なところで私の考えと一致している方ではないかという印象を受けました。


さて、巡り巡って、緋野さんの第二作を手がけることになった。最初拝見したときは、青春小説として見ましたが、編集者とのやりとりを通じて、格段に作品が良くなったという印象があります。
確かに良くなりました。基本的な構造は何も変わってはいないのですが、いじめ部分をより詳細で印象的に描いたり、折に触れて沙羅や明日香の中に蘇る記憶を、抽象的な表現から感覚に訴える描写に置き換えることで、「いじめ」という小川の流れが良くなったと思います。また、最初の原稿には無かった、沙羅の亡き母への思いを丁寧に描くことで、命を見つめる物語としてレベルアップしたように思います。冗長な部分をどんどん切り捨ててスリム化したことも、作品をかなり美人にしてくれました。


作品の重要なテーマである「いじめはなぜ起きるか」。一概にいえないかもしれないが、この作品では、キーとなる「空気」というモンスターという、新しい着眼点から切り込んでこられた。
ここに今回の緋野さんの意気込みを感じました。
そして、これを書ききることで、教育の現場での「いじめ」の根源にある光を当てたのではないかという気がします。
最近の若者は、言葉で自分の考えを伝え合うより、皆まで言わずに空気で会話していると常々感じていました。空気を読むということが非常に大きな価値になり、その空気から浮くことは疎外を意味するのです。これは若者に限らず現代の日本社会の傾向かもしれません。他人との関係が希薄になり、他人に対して臆病かつ不寛容になっているのです。空気によるいじめは見えにくく深刻で、引き籠りの原因となっているように思います。今回ご推薦をいただいた三人の先生方も、そのあたりに共感してくださったのではないでしょうか。


緋野さんは編集後半になって、このような通信を出されました。
「全体として見ると、小川の数が増え、また流れが良くなり、それらが随所で絡み合って本流がより広く深くなったように思います。最初に比べ、作品は確実に良くなったと思います。また、小説を書いていく上で、私が学んだものが、大きく2つありました。
1)、書くべきことと、書くべきではないことが、見えたように思います。
2)、テーマを描くという観点からすると一見たいした小川ではないように思えても、それが生きて作品に厚みを出していくことがあるということ。だから、作品世界を厚く深くするためには、もっと多角的に材料を探したり、切り込み方、展開の仕方を求めたりすべきなのだと思いました。」
この「総括」は、創作の秘訣として的を得たものと思います。
今回は少数部自費出版・自力販売する予定でした。ですが、どうも作品が何となく薄く感じられてそのまま出版する気になれず、ふと、かつての出会いを思い出し、少しのアドバイスがいただけないかと声をかけさせていただきました。思いがけず御社からの出版となりました。創作の方向性に幾分の違いを感じて戸惑うこともありましたが、そういう思いも含めて率直に言葉を交わせたことが、良い結果を生んだと思います。一人よりは二人の目。私が見えていなかったものに気づかせていただきました。今後の創作に生かしていきたいと思います。ありがとうございました。