佐藤 正子(さとう まさこ)
1949年6月、山形県温海温泉に生まれる。
1972年日本体育大学を卒業。ドイツのメダウ体操専門学校、ハンブルク大学で学ぶ。神奈川県女子体育連盟リズム体操研究会講師、長野県アルプスジャズ体操研究会講師を15年務めた。
1982年世界体操祭(ギムナストラーダ)スイス大会で日本の一般体操チームから初めて出場する。
1991年オランダ大会、2002年のドイツ・ツルンフェストでガラに選ばれる。
〈著者ホームページ〉
http://www.masako-natural-movement.com/


07.12月、詩集「ライフエナジー」を刊行しました。このときのテーマが、「生」「意識」「天と地」「歓喜」「躍動」「感謝」の五つのテーマで、約100篇の作品を収録した詩集です。
ある意味、すべてを暗示した詩集であったような気がしますが
私は半世紀にわたって踊ること動くことによって人生を感じてきました。それで気付いたことは、人には様々な人生の選択や人間関係の苦悩があるけれども、なぜ生きているのかという命の存在を原点に考えなければ本質的な解決ができないということです。この詩集は自分に対して向けられた人生へのメッセージであり、指針となっています。


ジャズ体操は、シャギーという名で一部ブームになりました。ジャズという音楽と、体操の融合。オリンピックなどでいう「体操」にこの音楽的要素を取り入れているのはなぜですか。
体操は大きく分けて三つの分野があります。体操競技のように機械・器具を使う運動と、ギムナスティックという自然な動きやリズム感覚を育てる運動、そして体力づくり的な運動です。ジャズ体操は現代のリズム感覚を育てるためのリズム運動です。ジャズ音楽は現代のポピュラーな音楽のルーツです。その特徴のビート音楽で動くことにより、今の時代をそして未来を生きるためのリズム感覚と感性を養うことができるのです。


モダンダンスの始祖といえば、イサドラ・ダンカン。正子先生は、イサドラ・ダンカンとの出会いが、舞踊哲学とされるほどの密度の高い、崇高なものを得るきっかけとされている。これは。
自伝「わが生涯」イサドラ・ダンカン著と出会ったのは、20代後半頃でした。表紙を開きページをめくった瞬間、女神様のように踊る姿の写真に釘付けになったのです。そこには私の夢に見た、女神様のような動き、理想の舞踊の姿が存在していました。
この頃日本にジャズ体操を普及するという自分の運命に戸惑い、孤独感に襲われていた時期に舞踊革命家としてのイサドラの人生に深い共鳴と感動を感じたのです。何よりも感銘したのは舞踊哲学が舞踊を超えた人類を思う崇高な宇宙的展望を持っていることでした。私はイサドラ・ダンカンと人生の価値観や思考や性格が大変似ていることを感じました。そして宇宙の真理からくる自然性と魂の存在としてのムーブメントに強く惹かれてゆくようになりました。


いよいよ今秋には、エッセイ集の刊行が予定されている。「未知なる自然運動」(仮称)ですが、ここに書かれている内容は、なかなか理解しにくいところもあります。
スピリット(霊性)マインド(知性の心)ボディ(肉体)が融合した、理想的な生命力。そしてその人間と宇宙との関係性について。さまざまの角度からある意味、科学と哲学から書かれた一作でしょうか。 このエッセイを書かれた、先生のねらいはどこに。
人間は誰でも幸福を望み不幸を望みません。これが心の自然な感情で人生の基本的な願いなのです。ところが私達は幸せは楽しさの中にあると勘違いしているようです。楽しさは楽(らく)を求め、幸せは善(ぜん)を行なうものだからです。私は幽体離脱の体験や自然運動に出会って生命の存在や人間の幸せや本質的な動きを知りたくて動きを通じて書を通じて二十代の後半よりそこに意識を向けてきました。 生命の表現が意識と運動とエネルギーであること、また生命の本質が愛であること、それが波動によるものであることを知り、驚き感動しました。その人の持つ愛の意識の分だけ幸せを受け取ることができる波長の世界であるのです。
この生命の存在や幸福や愛などのテーマは一般的には宗教の分野で教示されてきました。しかし、宗教の分野だけで問われるのではなく、人生の道を歩む中で一人一人の人間がこのテーマと向き合い体験してゆくものであると思います。人生は生きることを学ぶことです。それは命の存在を学ぶことです。命の存在は宇宙の真理と自然の法則のなかにあります。人間が住み生きている宇宙、自然界を知らずしてそこに真の幸せを知る事ができないというこの想いから、自分が知りたくて模索しながら動きの集大成として書いた本です。
この書が様々な分野、様々な世界で生きる人のお役に立てたらという願いがあります。


最後に、正子先生が目指す、究極の世界とはなんでしょうか。
動く世界を通して生命エネルギーの波動を高くしてゆきたい
その象徴が私にとっては「踊る立ち姿が女神様のようになりたい」のです。