篠永 哲一(しのなが てついち)
1941年3月、愛媛県四国中央市生まれ
香川県高松市在、洋服職人
ずいひつ「遍路宿」の会会長、香川県詩人協会会員
第25回菊池寛賞受賞
主な著書
詩集「句読点」「ふるさと」「地中の法廷」「にて」
エッセイ「洋服職人長太郎」「洋服職人の詩(うた)」(いずれもリトル・ガリヴァー社刊)


さっそくですが、プロフィールにある「第25回菊池寛賞」のことを聞かせて下さい。篠永さんの作品が対象になったということですか。
以前から何本かのずいひつ作品を同人誌に発表していました。それを中心にして、私小説風に書き直し、一つの流れを作りました。足りない部分を書き加え、重複するところを削り、原稿用紙100枚近くの作品に仕上げました。
香川菊池寛賞は、小説、戯曲、随筆等で募集し、今年で45回目ですが、歴代ほとんどが小説部門の受賞で、随筆での受賞は今のところ私だけです。


過去にも多くの著作を出されていますが、そのかぎりで「詩人」の顔と、随筆家の顔の両方をお持ちだと思います。
わけても詩人では、「中村獏」というネームがあります。
ここにはなにか篠永さんなりのこだわりとかあるのでしょうか。
昭和30年代の後半、ユース・ホステル新聞の香川版の編集のお手伝いをしていました。タブロイド版2面ですが、なかなか記事が集まらず、実名のほかにペンネームで、野外活動に合わせた写真に詩を書いて紙面を埋めることがたびたびありました。中村というのは日本中にたくさんある姓で、獏というのは夢を食べる、というその程度の単純な組み合わせです。そのうち、日本詩人クラブなどにも入会して、中村獏で郵便物が届くようになり、郵便局に迷惑をかけないよう、届出をして、手作りの表札も玄関に置いています。


98年に刊行した「洋服職人長太郎」から2冊目の「洋服職人の詩(うた)」と続きますが、ここで「洋服職人」という、昔でいう仕立て屋さん的な、職人気質みたいなものを感じます。なにか「誇り高き職人」のプライドを感じます。
職人としてのプライドなどは自覚したことはありません。特殊な伝統工芸などの技と違って、その辺の長屋の大工の八っつぁんや、左官の熊さんと同じ感覚です。しいて言えば、庶民の目線でものを見ることを誇りとします。
「貴族の随筆はおもしろくない」という言葉を聞くことがあります。庶民の立場こそ私のプライドです。


ずいひつ「遍路宿」は以前から知っていましたが、今回は世話人として会長職になられた。会そのものは設立して、何年に。現在も活動されて、どんな方が活躍されていますか。
ずいひつ遍路宿」は昭和39年2月に、当時国鉄に勤務していた、故・佐々木正夫を中心に設立されました。15名からのスタートだったと聞いていますが、現在は130名ほどが在籍しています。同人雑誌は、よく三号雑誌と呼ばれ、会計や原稿のことで行き詰まってつぶれてしまう例が多いと言われたものです。
季刊とはいえ、創刊45年を超えました。主宰の佐々木正夫は、卓越した指導力で香川の随筆人口の裾野を広げた大功労者です。
会の中には、元学校の先生、官庁のトップを退任した人、主婦、会社員、農業など、色々な人がいます。


最後に「Webで触れる文学」に「おしゃべりな洋服職人」と題して連載を始められた。その中に、イージーライターのごとき、颯爽とバイクにまたがってみたいなシーンもあります。つまり、常に若々しく、リフレッシュされている。
このあたりに創作の源泉のようなものが隠されているのでしょうか。
若き日に小田実の「何でもみてやろう」の著書に心を揺さぶられたことがありました。あの頃の好奇心は今も引きずっています。今は暴走を女房に引き止められています。


いずれ、第三のエッセイ集も計画ずみとか。
前回の本は2006年10月に作っていただきました。あれから4年が来ようとしていますが、ストックしている作品の数はちょっと少なめです。
今回のような連載のページを頂戴したことのお礼と合わせて、今後ともしっかりと書き進めたいと決意しています。