柴崎昭雄(しばさきあきお)
1965年5月15日、青森県に生まれる。
1983年の交通事故による頚髄損傷(両上下肢機能全廃)
以来、車椅子の生活。
1990年頃、ラジオ川柳番組をきっかけに本格的に川柳を始める。
1995年、第一句集「木馬館」出版
1999年、第十七回川柳Z賞大賞受賞
2004年、第二句集「少年地図」出版
2007年、信毎ホームページ大賞ブログ部門優秀賞受賞
現代川柳「新思潮」正会員。詩誌「胴乱」所属。
その他
1994年、第22回青森県文芸新人賞受賞
1996年、東奥日報社主催第24回青森県詩祭第一位



今回、「ゼロの握手」という著書を刊行し、すでに多くの人が読み始めていると思います。これは柴崎さんからの発信というか、あるメッセージだと思いますが、書かれた意図みたいなものはあったのでしょうか。
やはり自分が体験したことを一人でも多くの方に伝えたかったということと、この「ゼロの握手」は身が存在した証という意味もあります。
メッセージとしては、普段は見失いがちな大切なことに気づいて欲しい。それは無くなってみないと気づかない些細なことであるかもしれません。


著書では、さかんに「生かされていることの感謝」を書かれています。10代のときの予期せぬ事故から、それからの人生が長くなってきて、なにか実感するものはありましたか?
感謝の気持ちに気づくか気づかないかで、その人の人生観が大きく違ってしまうような気がします。人は自分一人で生きているわけではなく、たくさんの人に支えられている、生かされているのだと思います。ご飯が食べられる、学校へ行ける、仕事ができる、その他すべてが、自分だけではなく、家族や友人など誰かが支えてくれるからできるのです。これは大ケガや大病を経験されたことのある方なら実感していることだと思います。
そのありがたさが分かれば自然と感謝の気持ちが湧く筈です。また、感謝する、感謝されると、人に対してやさしくなれる気がします。


障害があるのは個性であるという見方をする人がいます。障害と向き合い、ある意味仲良くなって、生きるすべを探るとなりますが、柴崎さんはこの答えを導かれましたか。
障害は個性であるという見方には肯定的です。一生付き合う障害であれば、自然と個性になってゆくのだと思います。障害と向き合えば向き合うほど、その個性を自分なりにどう活かすか、と考えることが生きるすべを探ることになると思います。どうせ向き合って生きるのであれば、前向きな材料として考えれば個性も活きてくると思います。


地元の新聞に取り上げられるなど、話題になってきました。これを機会に次の目標も生まれたのではないでしょうか。お聞かせ下さい。
今回、ゼロの握手を出版したことで文章を書く楽しさを実感しています。書くことはいろいろな面で大変なこともありますが、これからも続けていけたらいいなと思います。また、「次は詩集ですね」と言われたことが何度かありました 。