田野倉 悟(たのくら さとる)
昭和28年12月17日、東京都八王子市に生まれ、同市在住。
昭和51年3月 旧労働省所管 職業訓練大学校(現職業能力開発総合大学校)溶接科卒業。昭和51年4月 雇用促進事業団(現雇用・能力開発機構)へ就職し、技能開発センターにて8年間職業訓練指導員として海外研修員や国内の失業者等への指導にあたる。
主に国内内外での職業訓練指導、能力開発支援業務を担当。現在、ニート・フリーター等、「若者について考える!」とした講演等を行い、人間力を高めるための数多くのメッセージを発進し続けている。


最初に田野倉さんと接触があったのは、前作「人間力」の原稿拝見だったと思います。
この読みものには、相応のねらいもあったことだと思いますが、どのようにお考えでしたか。そして、それはうまく行きましたか。
まず、ねらいですが、人生80年の時代を夢のある生き甲斐、働きがい、やり甲斐のある人生とするための「人間力」を磨く実践手法をノウハウとして紹介することでした。
近年、特にクローズアップされている格差社会、下流社会、勝ち組、負け組、待ち組などと称されている現代の世相に真っ正面から対峙し、フリーターやニート問題を中心に向かい合い、現在の若者の現状に切り込み、明快な解決方法を提示し、迷える若者たちへの有効適切な指針を明らかにし、問題解決の一助として思いを込めた著作でした。
就職活動で悩む若者、生きることに悩む若者、進路に悩む高校生達、こうした多くの若者たちから「働くことの意味がわかった」、「社会や自分のことがわかった」などとエールをいただいたばかりでなく、長年働き詰めの中高年の方々からも第二の人生の生き方探しとしても共感をいただけました。


作品のテーマは、自らの「人間力」を高めて、スキルアップを図る。そうすれば、目的が達成できるとしています。それをマラソンにたとえて解説したあたりがユニークでした。いわば理論と実践のようなものです。ここでは実践の大切さを書かれていますね。
はい、そのとおりです。実践手法には相当に力を注ぎました。理論書は多く見受けますが、実際にどのように取り組んだらよいかまでを具体的に掘り下げた実践的なノウハウを紹介した著書は少ないものですから。手法としては、@夢の洗い出し→A目標の設定→B計画の作成→C実行という「夢サイクル」理論で、特に、取組み計画を具体的に作成する実践手法には力を込めました。スタートから進捗管理、ゴールまでの見える化を大切にし、実践を通じた人生の夢の自己実現を確実に達成するために必要なノウハウを紹介しました。


そこで、この理論の背景には、ご自分の幼少期の成長記録のようなものが関係している。どのように育てられたか、これが一番大事なポイントですか。
そうです。だれでも自分のことは知っている、しかし、「自己ピーアールをしてください。どうぞ!」と、いきなり振られると、「え〜と、あの〜、その〜…」と、自己ピーアールできない人がほとんどです。それでは聞き手を感動させることはできず、夢サイクルを回すことはできません。
ですから自分歴、すなわち自分がどのように育てられ、育ったのか、自己の棚卸しをしっかりしておくことが大事なポイントなのです。
これは、己のセレンデュプティー(思いがけない幸せに偶然に出会う能力)を磨き、幸多き人生の夢サイクルを回していることにもなっているのです。


田野倉さんには「書きたいものがある」というお話を最初に聞いておりました。それがかたちになって現れたのが青春小説でした。新作「サトル」の真の狙いは?
「サトル」の狙いは一言で言えば子供たちのEQ教育をもっと大事にしましょうということです。
猟奇的な犯罪がますます低年齢化しています。14歳の子供がバスジャックをしました。原因は、親に叱られたから。こうしたことはあまりにもIQにこだわり、子供たちのEQを育てない、育ちにくい現在の社会環境にあるからです。子供は型にはめられることを嫌い、勝手気ままに振る舞う、この特権から多くのことを学び、EQや人間力を磨くからこそ、成人した暁には、清濁あわせて飲むことのできるEQの高い人格が形成されるのです。主人公のサトルは、それは破天荒、ちょっとと目を覆いたくもなりますが、そこは子供の世界、涙、笑い、悩み、怒りのなかに子供らしい生き様を見、周囲の人間愛にも支えられ、EQを自然のうちに育むサトル。人を思いやる心、人に感謝する尊さ、我慢することの大切さ、あきらめず、妥協せず、そして逃げずに勇気をもって最後まで成し遂げることの尊さなど、人として生きていく上でとても大事なことを、「サトル」という著書を通じて書き上げたかったのです。


「サトル」は自らを投影した人物。同時に、世間に多くいるだろう「サトル」を意識されて書かれていると思います。ただ、「サトル」は現実的か、理想的かとなると、どちらに近いのでしょう。
そうですね、「サトル」は、身近な現実問題として捉えなければならない大切な社会テーマだと考えていますので、現実的に近いと思います。
昭和30年代後半では、たくさんの「サトル」がどこにもいたはずです。しかし、あまりにも型にはめようとする、また、恵まれた現代社会では、サトルを捜すのはある意味たいへんかもしれません。大人の皮を被った変に大人びた子供らしくない子供が、大人社会の醜さを子供社会に持ち込み、結果、自分に不都合となれば、切れて、猟奇的な殺人犯罪を当たり前のように産み出す。いじめもそのひとつです。


田野倉さんがもつ引き出しはいろいろあるでしょう。「サトル」は第一の引き出しとするなら、次の引き出しにはなにが入っているのでしょうか。楽しみなところもあるのですが。
ありがとうございます。実はすでに、第二の引き出しは全開しています。
私は、この3年間、富樫個人授業でモノ書きのイロハからの修行を積んで参りました。あまりできのよい生徒ではないのですが、富樫先生(ここではそう呼ばせていただきます。)の編集にかける情熱のお陰でようやくモノ書きの世界の仕組みというものをうっすらとではありますが、わかった気がします。
私は職業柄か、人が大好きなもので、今度の引き出しは夫婦を題材とした暖かみのある夫婦愛、人間愛をテーマとして描いてみました。これからさらに磨きを掛けて、いずれの日か世に出してみたいという夢の自己実現に向けて夢サイクルを回し続けます。