喜多圭介(きた けいすけ)
1942年生まれ 愛媛県
慶應義塾文学部(通信教育課程)卒 学習塾経営
大阪文学学校卒後芥川賞候補作家鄭承博氏と同人誌活動

(写真提供:阿波野ひみ子様)



最初に喜多圭介さんのプロフィールというか、人物その人をご紹介いただけますか。
30代の初めに大阪文学学校昼間部に一年間通ったことが小説創作の始まりで、その後地元の芥川賞候補作家鄭承博氏らと「文芸淡路」という同人誌活動を長年続けておりました。同人誌に掲載した『秋止符』が「文学界」同人誌評ベスト5にピックアップされたことが少し自信となり、30代前半はかなり創作し、毎日、朝日の同人誌評にピックアップされたり、「海燕」の同人誌評などに採り上げられました。が、40代から50代中頃までは子育てで執筆中断の時期があり、その後自分で季刊誌「新世紀」発刊、大阪文学学校校誌「樹林」の同人誌評に『淀川河川敷』が採り上げられたりしました。

過去の文学遍歴、華麗なものがあるみたいですが。それに文学仲間も多数おいでのようですね。
多いような少ないような。鄭承博氏とのお付き合いで著名な方の多くと顔見知りにはなりましたが、一緒に文学活動をしたということではありません。大阪文学学校の講師をされていた日野範之さんからは、いつも著書を贈呈して貰い、そろそろ私も一冊と差し上げなければと思っていたところです。それと亡くなられた鄭承博氏とは30年近いお付き合いでしたので、私も自分なりの文学の証を氏にご報告したい気持ちがありました。

この文学遍歴を年代的にというか、ある種の区分けされている。で、いまの60代という年齢にはどんな位置づけが。
55歳からの創作を二次創作期としており、このときから従来の純文学志向を大衆小説志向に切り変えました。60歳で直木賞受賞されたなかにし礼さんの刺激が大きかったですね。できれば死ぬまで年に一回は400枚以上の原稿の長編にチャレンジしていきたいと考えています。

今回の「断崖に立つ女」という作品は、能や面の世界に精通する女性が主役。
そこでの、性と愛、生と死という、シリアルなテーマであると見ていますがいかがですか。
この作品については、冒頭に載せてある馬場あき子の一首が創作モチーフになってます。実は面識の無い馬場さんに非礼にも初稿を郵送したことがあります。一週間後でしたかご多忙な馬場さんから夜分お電話を頂戴し、励まされたりで恐縮しました。こういう経緯でなんとかその作品が本になればと思っていたところ、貴社の編集長に声を掛けていただき、企画出版となったことをありがたく思っています。

現在も個人のブログには多くの作品をアップされていますね。
もし、今後、「喜多圭介」のお名前で発表される作品としてはどんなものがあるのでしょうか。同時に今後、手がけてみたい作品についても。
『摩天崖――柳美里讃歌』、これも柳さんから丁重なお手紙を頂戴しておりますので発刊できればと。フィクションを採り入れてますが『寒椿』は自伝に近い作品ですのでこれもと考えています。この二作品は文学賞に応募します。

最後に喜多さんにとっての「文学」とはどういう意味を持っていますか。
読者に読んで貰うには直木賞レベルで創作する、この気持ちですね。