東ヨーロッパ・ハンガリーの首都ブタペストを舞台に元旅行会社勤務の起業家のドラマチックなビジネスを綴った「黄昏のポジョニ・ウッチャ」(シリーズ三巻発刊予定)を先頃刊行。
この物語は中年世代のひきこもごもを織り交ぜた、日本人と現地の人々との交流を長編日記小説として描いた。今回は第一巻の発刊を記念して執筆の経緯をお訊きしました。
トーマス青木(とーます あおき)
昭和42年・広島商科大学(現・修道大学)商学部卒業。
昭和42〜61年・日本通運株式会社航空事業部所属海外旅行担当として活躍。
昭和61年・上記企業中途退社の後、海外放浪自由人となり現在に至る。
平成2〜平成9年・ハンガリーのブダペストに拠点を持ち、旅行業関連サービス業のコンサルタントビジネスに従事。
平成10〜14年・インドネシア東ジャワ州及びバリ州に活動拠点を移し、大学自治活動と観光産業育成の指導にあたる。
平成15年より現在まで、日本に拠点を移し執筆活動に入る


トーマスさん、今回書いた「黄昏のボジョニ・ウッチャ」を書こうと思ったきっかけは。
最初は、自分の半生記を纏めてみようと思ったことからです。でも、同じ書くなら小説風に書いてみようと思い、それがきっかけとなりました。

この作品では、東欧のブタペストが舞台になっていますね。パリやロンドンではない、なにかこだわりがあったのですか。
こだわり?あまりないです。でも、パリはロンドンよりもブダペストに滞在している方が長かった。ただ、それだけです。

もうトーマスさんにすれば、熟年真っ盛り。そこでの小説の手習いというのには抵抗なかったですか
おおいにありました。今でもありますよ…。そして、只単なる論文や随筆などよりも、小説を書く方がもっともっと辛く難しい作業だということ。書いてしまって、否、書きながら、初めて理解できました。

世間の人を見る目や世の中への、ややもすると批判的な目、そういう目線で対象を見るようなことは
当然です。大いにありますよ。

それというのも小説の世界に入り込むと、見えないものが見えたり、逆に見えていたものが見えないという体験みたいなものをされて、内面の浄化とか、進化をもたらすような気もするのですよ。どうですか。書かれた後での体験的感想というのは。
実はこの小説『黄昏のポジョニ・ウッチャ』は書き始めたばかり。つまり一巻が完成したばかりでして、今第二巻の創作は8割がた済んでいます。
でも、まだ三巻目があり、それを書き上げないといけない。実は、第三巻には先生のおっしゃる『小説世界』に深く入り込んでいく所存です。そして、一巻から二巻のストーリー展開で積み上げた背景を元に、ドッカリと、しかも緻密に、人間精神の内面世界を抉り抜きたいと思っているのです。

そういうものを感じ取ると、次への意欲というものが湧いてきますね。
この作品、シリーズですから、次につなげたいというテーマはあるのですか。
もちろん、確たるテーマはあります。つまり、おおむね今の日本で問題になっている『若者と中高年の思考乖離』をテーマに書きたいと思っています。明るく朗らかに書き上げながら、しかし確信にふれたいと思っています。
中年男性主人公の本田幸一と、ある意味での若者を象徴する「澤田誠」との、世代間を越えた友情と信頼を描きながら、さらに周囲の裏切りなどを取り混ぜ、この小説作品で『今の時代』を浮き彫りにできたら満足です。

同世代のおじさんたちに、創作についてのアドバイスとかメッセージは。
まずもって書かなければ、何も始まりません。技巧に凝ることなく、ただひたすら書いてみる。そしてある程度書き上げたとき、読み直してみる。少し時間を置いて読めばさらに冷静になり、もっと人さまに読んでいただけるような文章になるはず。
あっ、失礼しました。 まだまだ出来損ない。修行中のトーマス青木です。アドバイスなど恐れ多いのですが、純粋なメッセージとお受け取り下さい…。

次作も意欲作になることを期待しています。
ありがとうございます。書き続けて行きたいと思います。