2017年、岳真也先生(日本文藝家協会理事)、くしまちみなと氏(同会員)の両先生の推薦を得て、山上安見子氏と宇田川森和氏は、日本文藝家協会の正規会員となりました。入会を祝し、くしまちみなと氏との鼎談が実現できました。


くしまちみなと
日本の小説家、ライトノベル作家、ゲームシナリオライター、ゲームクリエイター。栃木県栃木市出身。栃木県立壬生高等学校卒業生。ペンネームの由来は武蔵御嶽神社の主祭神の櫛真智命(くしまちのみこと)(『かんづかさ』の作者紹介より)。日本文藝家協会所属。別名義に佐山操がある。
父親は栃木県の書家の丸山暁鶴。
2012年に『かんづかさ』で小説家デビュー。
フリーランスのゲームプランナー、シナリオライターの佐山操の別名義も持つ。
朝松健、菊地秀行、笹本祐一、原田宗典らの影響を受けた作家としてよく挙げている。
2010年に『Wizardry〜囚われし魂の迷宮〜』でPlayStation Awards2010のStore特別賞を受賞
主な作品
・くしまちみなと名義
「おとめ桜の伝説 〜小峰シロの物ノ怪事件簿〜」「緋の水鏡」「霧島物ノ怪研究所シリーズ」「東亰ですとぴあ〜終わらぬ昭和のあやかし奇譚〜シリーズ」「グリモア〜私立グリモワール魔法学園〜」
・佐山操名義
「剣と魔法と学園モノ。シリーズ」「しんぐんデストロ〜イ! シリーズ」「真 流行り神 〜ファイル0 常闇のマリア〜」


山上安見子(やまうえ・やすみこ)
広島県庄原市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科、 広島大学法学部卒
日本文藝家協会、歴史時代作家クラブ、冷泉家時雨亭文庫会員。
好きな作家は三島由紀夫 福永武彦 ミッシェル・ウェルベック。
「ベル・オンム」にて2017年度ガリヴァー文学大賞授賞。
趣味は旅と読書。表千家講師、茶名は山上宗雅
主な作品 「赫い月」「ベル・オンム」「パンティーの干してある家」「利休椿」「ピアノ色の猫」「ガンガーは流れ シヴァは微笑む」
メルマガ「ガリヴァーの森」にて「「香雅庵だより」連載中



宇田川森和(うたがわ・もりかず)
1948年、山形県酒田市生まれ。関西大学法学部卒業。
社会科教師の資格取得。
昭和40年、酒田から大阪に移住。多くの文学仲間に恵まれた。
40歳で起業、出版社をスタートさせた。
日本文芸家協会会員(2017)・歴史時代作家クラブ会員(2017)
主な作品「夢であいましょう」「はいばらの空 ケルンの空」「北の大地に生きる」(片山通夫氏と共著) 「ビィーナスの涙」「炎の十字架」「華の乱 小説通天閣」「天神橋筋6丁目界隈」ほか。
「翰林の会」事務局


宇田川森和(以下:宇田川) 
本日はご多忙のなか、ご参集いただき、感謝いたします。
さっそくですが、くしまちさんから、簡単に自己紹介をお願いします。

くしまちみなと(以下:くしまち)
わたしは栃木県栃木市出身。父は書家・刻字家・篆刻家の丸山暁鶴です。
代々木アニメーション学院ノベルズ科1期生。卒業後にマンガ原作者の武田正敏先生、小説家の朝松健先生などに師事しました。

山上安見子(以下:山上)
広島県出身。現在は京都と広島を拠点に活動しています。
小説を書き始めたのはおよそ五年前。小久保均先生の「小説学校」を受講してから。現在はピアニストが主人公の小説を執筆中。歴史小説にも興味があります。
日本文藝家協会会員 歴史時代作家クラブ会員
主な著作「赫い月」「ベル・オンム」など。

宇田川
わたしは、二十代のとき、関西の、文学的環境下にあり、小説では、「関西文学」会員として、八橋一郎氏ら会の主たる人達から、ご指導を受けました。
その後、東淵修氏、支路遺耕治氏、日岡悦子氏、清水正一氏らの影響を受けた。
最大の刺激は、宮本輝さんが、太宰賞、芥川賞と連続受賞し、鮮烈なデビューを飾ったことです。


ここにおいでの方は、現役作家ですので、すでに執筆中とか、刊行予定の図書とかがあると思いますので、それらを数点、紹介いただきたい。山上さんから。


山上
「赫い月」は定年後の夫婦の感情のすれ違いを描きました。「ベル・オンム」は中年にさしかかった夫婦の危機です。どちらも身近な人の話を聞いて想像を膨らまれて書きました。

くしまち
最近はゲームのシナリオを中心に執筆していたので著作の予定は今のところありません。
スマートフォンゲームの『ぱすてるメモリーズ』と『真・女神転生D×2』が最新作です。

宇田川
わたしは、長年、編集長という職にあって、他人の作品ばかりを目にしていました。自分のことは後回し。それでも密かに書き続けていて、長編を仕込んでいました。バリを舞台とした「ビィーナスの涙」、また、ジャーナリスト時代、東欧数カ国を取材して得たところから、イコンをめぐる謎を追いかける「炎の十字架」等を書きましたが、そうとう「ねかせて」「書き直し」を繰り返していました。自分で納得いかなかったので。

各先生の得意とする文学的畑は違うようですが、くしまちさんは、ライトレベルも現代小説も手がけていらっしゃいます。
いま現在も両刀使いといってよいでしょうか。


くしまち
基本的にはBL(ボーイズ・ラブ)小説以外は、なんでも手がける機会があれば書いています。
機会をいただければ、リトル・ガリヴァー社さんでも書かせていただきたいです。

宇田川
山上さんは、まさにいま書き下ろし作品を仕込んでいます。この「大地の神話」という題名の作品、なにかスケールの大きなもののようですが。
かいつまんで、教えてください。

山上
ピアニスト母娘の葛藤を描いています。親子であっても芸術家同士ですので、嫉妬や憎悪があります。いろんな感情がもつれ、火花を散らします。どう結末を迎えるか、今悩み中です。古事記のイザナギ・イザナミ神話とギリシャ神話のオルフェウスとエウリデイケのエピソードの類似にも触れています。遠く離れたギリシャと日本の神話がほぼ同じシチュエイションというのは面白いですね。インドが起源で世界各地に伝わっていったという説もあるようです。

宇田川
わたしは、結構多作のほうなので、いま仕込んでいる作品は、「ガウディの時代」と「ボクは宇宙人」「ダイモスの反乱」等々数作です。
「ガウディの時代」を思いついたのは、かなり前のことで、サグラダファミリアがまだ未完成というところに刺激されたのと、もし、ガウディが「日本にいたら」という仮想の設定で物語を考えてみました。

話題を変えて、作家の創作のコツみたいな、本当はオフレコだと思う、作家的手法をお聞きします。


くしまち
わたしの創作手法は、キャラクターシートを用意し、それにそって、書き込みます。一作、20から30人でてきます。ゲームの場合は、大体200人から300人。

宇田川
その数をコントロールというか、書き分けわれる。

くしまち
そのためのキャラシートです。

宇田川
なんというか、神業みたいな世界ですね。

小説を書くという意味では、むろん、若いときから手をそめていらっしゃるでしょうが、直接のきっかけは、それぞれ違うと思います。
くしまちさんの場合は。


くしまち
TRPG(テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム)というトークゲームで物語制作に目覚め、そのまま自分の世界を他人に見てもらいたいと考えたせいです。

山上
ずっと、なんとなくですが自分は小説を書くのではないかと中学生の頃から思っていました。でも、きっかけがなく長い時間が過ぎました。その間は小説を読むこともほとんどありませんでした。
十年くらい前に英語の勉強にYMCAに通っていた時に村上春樹の「ノルウェーの森」の英訳本を読み、風景がくっきり浮かび上がりなぜか登場人物の心情にも共感できたのです。そのあと「ねじまきどりクロニクル」とか「かえるくん東京を救う」とかも英訳本で読み、すっかり村上ワールドにはまってしまいました。
自分でも何か書きたいと思うようになり、「小説学校」というサークルに入ったのです。

宇田川
わたしの場合は、近くに仲間がいたということと、その中の1人であった、宮本輝さんがいきなり、メジャーデビューされた。だれもが、輝さんに追いつけ、追い抜くと思ったのですが、誰一人としてついていけず、高見に昇っていかれた。
わたしの場合は、出版社の親父をしながら、もう30年になります。
それで、少しわたし自身の筆力はあがったのだろうと思っていますが。

「書くキッカケ」はそれぞれ違いますが、長く執筆活動をされていると、当然、優劣というか、出来の良い作品と、そうでない作品も、ままあるでしょう。
くしまちさんの過去の作品で自信作というのは、どういう作品になるでしょう。そして、その作品はどのくらい話題になられたか。


くしまち
『緋の水鏡』という小説になります。元々は同人ゲームで『忌譚』という別タイトルでシリーズをリリースしましたが、総合計3万部くらいのリリースをさせていただきました。当時『ひぐらしのなく頃』の次点作品として、ランキングに掲載されていました。

宇田川
山上さんは、その点、書き続けて間がなく、自信作としていえば、いま書かれている「大地の神話」になりますか。
書くテーマは、数多くお持ちと聞いていますが。

山上
ええ「大地の神話」は、わたしの最新作なのですが、書いているうちに、主人公のお母さんが作者の想定を超えて動くのです。また、書き進めているうちに、構想がどんどん広がっていきました。これはすごい経験でした。
書いている者にすれば、自分のいる場所、土地、旅行で訪れた場所そういうところでの、刺激やヒントはあるものの、それをどう料理するかに腐心します。
たまたま家の墓は大徳寺黄梅院にあります。大徳寺には千利休ゆかりの茶室や庭が数多くのこされています。他にも小堀遠州の作庭による茶庭もあります。また、利休自刃の原因にもなった三門も。蒲生氏郷始め戦国武将の墓も点在しており、自然と時代小説を書いて見たいなと思うようになりました。

原初的質問ですが、「作家はなぜ書くのか」?


山上
小川洋子さんは講演では、本を読んだから書いたということをおっしゃっていますね。具体的にはそれは「アンネの日記」だったと言われていました

くしまち
他人の作品を読むことによる刺激はあります。で、そこから、「自分ならこうだ」「そこは違うだろう」という感想みたいなものが生まれる。で、それをひっさげて、自分の作品に向き合うという関係でしょうか。

宇田川
くしまちさんは、その意味で、他の先生の作品で大いに影響受けたという人は。

くしまち
わたしのばあいは、朝松先生ですね。

宇田川
くしまちさんの創作動機とか、きっかけは、父の背中を見てという話ではないような。

くしまち
父は、書家ですから、書に関する知識や経験は豊富ですし、自然と学んでいたような気がします。が、作家の切り口は違うところにありましたね。昔、 わたしが、作家になりたいと言ったら、母に「あなたの国語力では無理だ」と反対されました。でも、なんとか説得して専門学校に入った感じです。

宇田川
山上さんの育った環境は、漠然と田舎と聞いていますが、そういう環境が、いまの山上安見子を育てたとしたら、なにが一番プラスとして影響しましたか。

山上
わたしの田舎は、文字どおりの田舎ですから、なにもすることがない。不良にもなれない。で、家にあった文学全集をけっこう読みあさりましたね。谷崎源氏、ランボー、大江健三郎。おませな文学少女というところですか。


話は変わりますが、一篇の小説は、書き直して書き直して、仕留めるというか、それを常識としてわたしは抱いています。
くしまちさんの場合、書き直すことって、あるのですか。


くしまち
ええ、ありますよ。小説の場合は編集者からの要請もあるし、ゲームの場合、まだ〆切がこないのに内容をコロッと変えられて泣く泣く書き直す事があります。
だから、小説なんかも、「書き直していいよ」なんていわれると、延々と書き直していましたね。自分の原稿を見たら、すぐに直したくなるタイプなんですよ。

山上
わたしの場合、とりあえず書き始めてみる。
書ききると後20%くらい足りない気がする。そしてまた書き直す。やはり、完全だとおもうものはなかなかできませんね。どの辺で手を話せばいいのかまだよくわかりません。

宇田川
わたしが丹精込めて書いたもので、一番、記憶に残る作品は、「ビィーナスの涙」です。けっこう寝かせた作品で、完成まで10年ぐらいかかっています。初期の段階では、ある出版社の公募作で、最終候補には残ったが、最後の一作にはなりえなかった。 で、編集部からいただいた激励というのか、「文章の緻密さは、プロ級であるが、構成的に古さがあって、おしゃれでない」というような内容であった。
「文章よし」「構成だめ」という評価で、それから、10年寝かせて、書き直しました。300枚ぐらいの作品をたぶん、3000枚くらい書き直し、やっと、納得の作品となったとき、10年が過ぎていた。すでに電子版図書は刊行されていますので、次はハードカバーの本をと思っています。

作家としてして自立する方法はいろいろあります。輝さんは、池上さんという師匠の指導によって、デビューされたが、それまで、けっこう苦労されている。
また、うかがったところ、小川洋子先生も芥川賞を取るまでは苦労されている。そのとき、横にスバルの名物編集長がいて、その編集の「しごき」(笑)がなければ、現在の小川洋子はないとおっしゃられた。
くしまちさんには、その意味で名物編集長とか、師匠とおぼしき先生はおいでなのですか。


くしまち
最初の師匠と呼ぶ方は専門学校で知り合った武田正敏先生になります。卒業後2年で交通事故にあわれて他界されました。その後は、朝松健先生の作品を参考にして話を作り続けてきて、ひょんなキッカケから小説家デビューする事になりました。そのため、直接、師に指導を受けたという期間はなく、現在師事している朝松健先生も、作品や先生が参考にされている資料や、作品に対する取り組み方の姿勢を学ばせていただくというものになっています。ですので、直接指導というのは、実はどなたからも受けていないのです。

山上
小説とも言えない断片をお見せしたら「この人が書く文章は面白い。どんどん書いて見なさい」と褒めてくださった小向井先生です。すぐに真に受け無鉄砲に書きすすめましたが、いつもロマンがある文章だと励まし続けてくださいました。小向井先生と出会いは大きかったと思います。

宇田川
わたしの師匠といえば、30年間、数万という数のアマチュアないし、半プロの生原稿を読ませてもらったことが、最大の勉強になりました。
この中で、とくに印象に残る方は、「黄色い花の咲く丘」「ヤマシタコード」そして、「シベリアの恩讐」3部作を書かれた支刈誠也さん、文学界新人賞を取られた濱口義隆さんの「四百年の長い旅」。じつは、濱口さんは、文学界新人賞受賞のとき、選者が宮本輝さんだったそうです。これもご縁ですね。
あと少しだけ自慢できることは、重度障害者の皆さんの図書を黒子になって仕上げ、刊行したことです。お名前だけ。玉木文憲さん、浜野伸二郎さん、的野ようこさん、柴崎昭雄さん、岡部範夫さん、ジョージ土井さんらです。

鼎談は、原始宗教や、日本神道、ヨーロッパ文明を通底するケルト文明の影響、魔法や妖精に言及する、魅力いっぱいの内容で盛り上がったが、今回は紙面の関係で割愛となりました。
機会を見て、ご紹介できれば、と思っています。
最後に、それぞれの先生のご活躍を祈念して、お開きとします。

(進行・聞き手:宇田川森和 2017年11月17日、お茶の水山の上ホテルにて収録)